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映画『団地  [2017/08]

映画『団地』観た。

WOWOWオンデマンド。


面白かったー。

主演の藤山直美、
中島みゆきの『時代』を歌うシーンと
バーコード遊びをするシーンで
ぐぐぐいっと心をつかむ。

これからスーパーに買い物に行く時は、
ボーダー柄の
シャツを着て行こうかなとちょっと思う。


団地=日常空間には
なんでも起こりうるから
油断したらあきまへんでー
という映画。

ぽけーっと空見てると
足元すくわれて、
いつまでも
奇蹟的な日常のしあわせに
漬かったまんまになるので、
ご注意を~って映画。
(逆説)

そんでもって
すき焼きが食べたくなる。
というか、
人数分のタマゴを
冷蔵庫から出すのが
うれしくなる映画。

今夜はすき焼きにしようかなと
ちょっと思った。

藤山直美と岸部一徳の
主役夫婦が、
元漢方薬店をやっていたという設定。

俺も20年くらい前、
漢方薬を飲んでいた時期があって、
毎月買いに行くたびに
ちょい異空間体験していたのを思い出した。
独特の匂いが蔓延してて、
ちょっと時空を
踏み外している感じがした。

ラスト、
いろいろなとらえ方があるだろうけど、
俺は
斎藤工はホントに怒ってたんだなーと思った。
もうあんたたちとは
よーつきあえませんわ、
さいならーって。


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『裸足で逃げる 沖縄の夜の街の少女たち』上間陽子 [2017/07]

沖縄で生きる
未成年の女性たちのインタビュー集、

『裸足で逃げる 沖縄の夜の街の少女たち』
上間陽子著

を読んだ。

ノンフィクションを読む、
というより
ドキュメンタリーを見ながら、
その世界に
心を引き寄せられていく感じの本。

読んでいて、
とてもつらいし、
まいっちゃうし、
怒りも湧いてくるし、
でも、
それは人ごとじゃなく、
自分のどこかを突き刺されてる感じもあるし、
自分の隠している部分を
封印した箱から取り出されている感じもあるし。

簡単に泣いちゃダメだ…
涙といっしょに流して落としちゃダメだ…

と思いながら読んでたんだけど、
涙がボロボロこぼれ落ちた。

誰かに薦めようと
思うようなものじゃないのかも
しれないけれど、
たくさんの人に読んでもらいたい気もする。

なんというか、
読んでいると、
読んでもらいたい人の顔が
次々と浮かんでくるというか。

ライターの人とか、
出版社の編集者とか、
カメラマンには読んでもらいたい。

誰かに会って、
その誰かのことを他の誰かに伝えることを
仕事にしている人というか、
それができると信じてる人というか。

そう考えると、
人と人のつながりを信じたり、
なんとか信じようと思って
日々を送っている人、
みんなに読んでもらいたいのかもしれないなあ。

山野浩一さん [2017/07]

山野浩一さんが亡くなったそうだ。

SF作家で競馬評論家。

牧場で一言二言お話を聴いたり、
吉祥寺でお見かけしたり、
そば屋で隣の席でそばを食べたり、
……したことがある。


競馬をしていると、
なんで俺競馬なんか好きなんだろう?

足元がふらふらする感じになることがある。
不安というか、
俺ってなんなんだろう?
っていう疑問に取り憑かれる感じ。
時々。

ギャンブルったって
べつに儲かるわけじゃないし、
サッカーや野球みたいに
自分でプレーする楽しさはないし、
馬はきれいで可愛いけど、
経済動物だからほとんどが
若いうちに処分されちゃうわけで、
鼻面撫でてるとなんだか可哀相で
切なくなってくるときもあるし。

ま、それでも
なんか魅力があって、
自分の中で矛盾を感じながら
競馬を愛している。
んだと思う。

で、そんな足元ふらふらな時はよく、
寺山修司が書いた本や、
山野浩一さんの言葉や風体や、
府中の飲み屋で何度もご馳走になった
おじさんたちの顔を思い出しては、
また再び、
走る馬たちを見つめている。

競馬を始めたころ、
読み漁っていたコラム。
血統の本。
フリーハンデ。
予想。
「今日は勝ったから飲みな」
とおごってもらったビール。


馬が走っていくのを
見つめながら、
寺山修司の本から感じていた
激しい愛情、
明日を迎えることのやるせなさを
思い出したり、
山野浩一さんの言葉や文章から感じた
血統への冷静で熱いロマン、
未来に対する挑戦心なんかを
また、
ゆらゆらと胸に思い浮かべたりしている。

そういう意味で考えると、
俺にとって
競馬の魅力の一つっていうのは、
時間の流れをすうっと飛び越えられる
永遠性みたいなもの、
あるいは、
手が届きそうにないものに
ぴょんっと飛び乗れてしまうような
時空すっ飛ばし感覚なのかもしれないな、
などとも思う。

今週末の競馬は、
ゴールドアリュール産駒と
ステイゴールド産駒から
買ってみようかね。

合掌。


映画『彼らが本気で編むときは、』 [2017/03]

映画『彼らが本気で編むときは、』を観た。

Tジョイ大泉。

小さめの劇場だが、客は8割くらい入っている。
100人くらいかな。
その中で男は俺だけだった。
初めての体験~。

母親においてけぼりにされた
11歳の女の子・トモと
トランスジェンダーの女性・リンコの
同居生活物語。

じんわり泣きながら、
くすくす笑って観た。

主人公の女の子・トモは11歳。
映画の中で、春を迎えて、
桜の花が咲く中、小6になる。

同じ年代の子どもと暮らし、
その仲間たちと
なにかとふれあってるので、
ものすごく臨場感があってドキドキした。

しかも主人公の女の子が
リンコさんやいろんな人から
「トモ」
「トモ」
と何かと呼ばれるので、
まるで自分が呼ばれているみたいな気になって、
(俺の名前はトモオなので)
俺もお弁当を作ってもらったり、
頭を撫でられたり、
ぎゅっと抱きしめられたりするんじゃないか…
という気がしてきて、
なんだかハラハラドキドキした。

おほほ。

映画を観ながら、
子供が成長するということは、
俺たち親や大人との間に
“垣根”みたいなものを
少しずつ作っていくことなんだなあと
確認していた。

垣根を作っては
時々取り外したり、
上からのぞき合ったり、
またもう一つ作ってみたり。

垣根を作りながら
だんだん自立していき、
人と人との間に
バリアとさびしさというものが
あるんだと知っていく。

だから、
人と人とがふれあうことっていうのは、
垣根を越えようとすることだし、
けっこう儚いもんだし、
勇気や一瞬のきらめきが必要だし、
ちょっとした奇跡なんだって、
子供たちはだんだんと覚えていくのだ。

誰かにやさしくすることとか
大切にすることとかって
やっぱり大変なことなのだ。

ま、それは
俺たち大人も
忘れないようにしたいんだけどね。

別れと出会いの季節、
春にこそ観たい映画。

あ、
男性は
チンコがちょっとムズムズするので
そこんところも楽しんでほしい。


映画『土竜の唄 香港狂騒曲』 [2016/12]

映画『土竜の唄 香港狂騒曲』を観た。
マカオ劇場.jpg
いまのところ、4回。

関係者だからだが、
それぞれ感想が違った。

1回目はラッシュの状態。
まだ、ところどころCGなんかが入ってなく、
音楽も入ってない。

面白かった。
正直、できるだけ笑いをこらえて観ていたのだが、
笑った。
CGや音楽がない分、
俳優たちの気持ちがダイレクトに伝わってきて、
主演の生田斗真氏が
「スターになる」映画だなーと思った。

2回目は関係者試写。
試写室で、完成版を初めて観る。

やられたーと思った。
新しいヒーロー映画が、
もしかしたらシリーズになるかもしれない
ネオ・ヒーロー映画が
出来上がったと思った。

3回目は完成披露試写会。
六本木のTOHOシネマ。

観客は90%くらい女性かな。
思わぬシーンで笑いやどよめきが起こり、
予想よりも
歓声とかの反応がいっぱい噴出してきて、
映画ってすごいなって思った。
と同時に、
人それぞれいろんな感情を持ってて、
人間ってやっぱ面白いなって思った。

4回目はマカオ国際映画祭。
お客さんはマカオや香港や中国の人たちだろう。
女性が圧倒的。

前の方にいる女性たちのリアクションが
わかりやすくて、
つい釣られて笑ってしまう。

と思ったら
すぐ後ろで見ていた黒人と白人のおっさんが
ガハガハと
全然別のところで笑うので、
またまたつられて笑ってしまう。

そして、この回は
英語の字幕がついていた。

それを読んでいたら
ぐっときて、涙ぐんでしまった。
日本で観ていた3回とは
全然違う感情が湧いてきて、
自分でも驚いた。

そして、
確かに、
三池監督が言っているように

「映画は観客のみなさんが観てくれて完成するもの」

だなーと思った。

うん。

今回の『土竜の唄 香港狂騒曲』は
最高にくだらないコメディーアクションだが、
裏側に
隠しテーマがあるなーと思っている。

「檻」から脱出して、
笑って、
「お天道様」を見上げようよ。

というテーマ。

これから先、
5回目、
6回目と観た時には
また、
自分の心に勝手に作り出してる
「檻」から
笑いながら
脱出できるのかもしれない。

楽しみ―。

その「心の檻からの脱出」という楽しみは、
俺にとって、
この『土竜の唄』の場合だけじゃなく、
いろんな映画にもある
とっても大切な楽しみなのだー!

と今、あらためて思っている。


『オーバー・フェンス』 [2016/10]

少し前から
隣りの小さな公園でバットの素振りをしている。
takebashi.jpg
右50回、左50回。

子供たちに
「なんで素振りしてんのー?」
と訊かれた時は
「大リーガーになるかもしれないからな」
と答え、
仕事仲間とかに
「なんで素振りしてんのー?」
と訊かれた時は
「子供が中学生になって暴れ始めた時に負けないように」
と答えているが、
実は理由なんかない。


映画『オーバー・フェンス』を観た。
テアトル新宿。

主演はオダギリジョー、蒼井優
監督は山下敦弘。

函館。
失業して、
職業訓練校で大工の勉強をしている白岩。
東京のゼネコンに勤めていたが、
とある理由から妻と別れ、
地元の函館に戻って来ている。

職業訓練校の仲間に誘われ、
キャバクラへ。
そこで会ったサトシという名のキャバ嬢に
心惹かれ、
心を見抜かれ、
心の叫びをぶつけられ、
心の壁を越える勇気を得ていく。

キャバクラに誘った仲間を
松田翔太が演じているのだが、
とても臨場感があってよかった。
いるいるって感じ。

白岩が二回目にキャバクラに行った時、
嫉妬というか、
情けない独占欲というか、
小さなプライドというか、
そういうどうしようもない男心から
松田翔太が言わなくてもいいことを言ってしまうのだが、
そのシーンがとてもよかった。

結果として、
主人公・白岩の心の後押しをしてしまうのだが、
こういうこと
あるあるあるあるー
と思いながら、
抱き合うオダギリジョーと蒼井優を見ていた。

ずるずると鼻水と涙を流しながら。

それは、白岩が
初めてフルスイングしようとした瞬間だったから。

フルスイング。

バットにボールが当たる。

飛んでいくボール。

フェンスを越えていくボール。

実際に打つことより、
イメージすることのほうが
実は、尊くて、忘れられない。

もしかしたら俺は
そういう瞬間に出会うために
バットの素振りをしているのかもしれないなー
と思った。

「普通の話だったねえ」

帰り際、
一緒に観ていた女性がそう言っていたが、
その通り。

最高のホメ言葉じゃんと思った。


『ワイルド・フラワーズ』 [2016/10]

映画『ワイルド・フラワーズ』を観た。
ワイルドフラワーズ.jpg

購入したDVDで。
日本映画。

小さな女子プロレス団体の物語。

死んだと思っていた母親が
実は伝説的女子プロレスラーで、
その母親が死んじゃったんで、
息子の若いお医者さんが社長になって
団体を継ぐことになる。

『ガリンペイロ女子プロレス』。

その団体に、同時期、
二人の新人見習い女子プロレスラーが入門。

ひとりは上司のセクハラから逃げ出したOL。
もうひとりは空手使いのヤンキー。

二人ともタイプは違うけどすごく純情。

新米社長と二人の女子プロレスラー、
その「ど素人」の三人が
「プロ」になっていく…という話。


プロレスは格別好きなわけじゃないのだけど、
とても面白かった。

映画の導入は
絵に描いたようなフィクションぽさ、
言わば「漫画のような」タッチで
物語は始まるのだが、
観ているうちに
「本物」のドキュメンタリーなシーンが
映画の中にグイグイ食い込んでくる。

それは
「出来レース」=勝ち負けの決まっているものと
「真剣勝負」=純粋な格闘技が
ぶつかり合っていく感じで、
プロレスの物語というネタと相まって、
観る者をひきつけていく。

で、最後のリングでは、

「フィクションでもドキュメンタリーでも
 どっちでもいいじゃん!
 本気で立ち向かっていれば最高じゃん!
 それこそ人生のプロじゃん!」

という気持ちになって感動する。

ちなみに
死んじゃった母親で
伝説的女子プロレスラーを演じているのは
高畑淳子さん。

女優としてだろうが
母親としてだろうが、
本気で立ち向かっていれば
やっぱ「プロ」じゃん!
カッコいい人生じゃん!
って思った。

それは
この映画の製作者たち自体にも感じた。

低予算だろうが、
単館だろうが、
本気で面白いものを求めていけば
やっぱカッコいいじゃん!
とりあえず立って、
撮っていけばいいじゃん!
って。

あと、キューティー鈴木は
やっぱりキューティーでした。

惚れそう。



『シング・ストリート 未来のうた』 [2016/09]

映画『シング・ストリート 未来へのうた』を観た。
jingu201609.jpg
吉祥寺のオデオン。
ガラガラかと思っていたら、
少しずつお客さんが入ってきて、
4分の1は埋まっただろうか。

平日昼の吉祥寺にしては入っている。


80年代、アイルランドのダブリン。
不景気で父親が失職して、
おまけに両親の不仲が爆発して、
うちにお金がなくて
ヤンチャな高校生がいっぱいいる
ぐらんぐらんな高校に転校した
男子高校生が、
ひとめぼれした女の子を口説くため、
バンドを始めるお話。


デュラン・デュランの『RIO』の
MVがテレビで流れ出した頃だから、
日本でバンドブームが始まる
ちょっと前ぐらいの時代の物語かな。

驚くほど、面白かった。

主人公の高校生たちに
ハンパなく感情移入しまくり。
高校生時代を思い出したし、
ミュージックビデオを撮ろうかなー
などと思った20歳の頃も思い出した。

邦画で言えば
『リンダ・リンダ・リンダ』と
『桐島、部活やめるってよ』が
くっついたような設定。
雰囲気は全然違うけど。

メインテーマである
「恋愛熱血青春音楽映画」
というストーリーの裏側に、
実は
「兄弟もの」
という裏テーマがあってね。

これ出されると、
涙出る出る。


お兄ちゃんがねえ、
もうね、
気持ちがよくわかるんだよね。

彼の生まれた年は、
俺と同じくらいなのかなー。


弟に音楽について
いろいろ教えてくれる兄。

優しい。

でも、
優しさの裏に抱いている
自分の悲しみと暴力的衝動がある。

いや、
悲しみと暴力的衝動を抱えてるからこそ、
優しいと言うべきだな。

兄というのは
そういう闇といつも対決してる。
そんで、
対決せざる運命自体には怒っていない。
闇を抱えたまま、
歩き出せない
自分自身に怒りを抱いている。


俺は
三人兄弟の真ん中で生まれ育ち、
男兄弟の子供たちと
今もいっしょに暮らしているせいか、
兄と弟、
どっちの気持ちにもドキドキゾクゾクしちゃって、
映画を観ながら
とにかく笑ったり泣いたり
ニヤニヤしたりした。

兄と弟の物語は永遠なのだ。

エンドロールの頭に
「すべての兄弟たちに捧ぐ」
と監督からメッセージがあるけど、
まあ、そういうことだな。


隣りの席で観ていたのは、
俺と同世代の母親とその娘らしき女子。

彼女たちにとっても
とても面白い映画だったのだろう。
映画が終わった後、
ソファーに座って
興奮気味に笑顔で話をしていた。


音楽と恋愛を愛する
永遠の女子たちにも捧げる映画。


ラストシーン、
主人公の顔はびしょ濡れ。

この前、
台風の中をチャリンコで走ったことを
思い出した。

男子たちのその気持ちが
女子たちにも
届きますよーに。

『シン・ゴジラ』 [2016/09]

大ヒット中の映画『シン・ゴジラ』を観た。
kagaminotama.jpg
Tジョイ大泉。
お客さんは真面目な感じの
大人が多かった。

面白かった。

物語に感情移入するとか
俳優の演技に拍手を送るとかの
映画じゃなくて、
体験&体感する映画。
フィクションとリアルの間を行ったり来たり、
波打際に立って、
波がぶつかってきてちょっとよろけたり、
足元の砂が持って行かれるのを感じたり、
あれ? 
今どこに立ってたんだっけ俺?
いつからここにいるんだっけ?
いつまでここにいていいんだっけ?
みたいな気持ちを楽しむ映画。

観ていると、
海ほたるを渡って釣りに行きたくなったり、
鎌倉に住む大家さんを心配したり、
武蔵小杉が実家の義姉の笑い顔を思い出したり、
蒲田の羽根付き餃子が食べたくなったり、
新幹線に乗って大阪に行きたくなったり。

それは映画ならではの感覚だろう。
そういう意味では
映画らしい映画だなーと思った。


ゴジラは
いろんなもののメタファー、
「偶像」になっていて、
津波とか
原発とか、
戦争そのものとか、
人間の愚かさとか、
地球自体とか、
観ている俺の中でも
そのメタファーは
ゴジラと同じように
どんどん変化していく。

そして最後は、

「39度以上発熱して、
 苦しいくせに
 なおもクルマや電車のおもちゃで
 暴れながら遊び続ける2歳児」

という過去の記憶と重なっていた。

そういう意味で
俺の中では、ゴジラは
“未来”というものの
象徴になっていたのかもしれない。
で、それは
製作者たちのねらい通りだろうなと思う。


また、
『シン・ゴジラ』は
観る人によっていろんな角度やポイントで
うれしく感じる映画だと思うが、
個人的には
好きな映画監督の顔が見られたのがよかった。

『ゆきゆきて神軍』の原一男監督、
『鉄男』の塚本晋也監督、
写真だけだが、
『ダイナマイトどんどん』の岡本喜八監督の顔を見て、
それらの映画を観た当時の過去の思い出が
こっそり
スクリーンの片隅に映し出されていた。

それにやっぱり
第一作の『ゴジラ』も
また観たくなった。

俺はやっぱり
映画が好きなんだなーとちょっと思った。

『スタンダップ・コメディ・ライジング!!』 [2016/07]

下北沢。
hondagekijomae.jpg
このまままっすぐ歩いていく行くと、
左にすぐ
バイト仲間が恋の悩みをぶちまけていた
『フライト』があって、

もうちょっと先を左に曲がっていくと、
坂本やマイケルがバイトしていた
『旬亭』があって、

左に曲がらないで行くと、
『ふるさと』と『陣太鼓』が両側にあって、
その先には「バニシン!」こと、
『にしんば』がある。

もう一度この場所に戻って、
ふと右を見ると、
バイト先のマドンナをちょっとを口説いた
『得得ライト』が一階に、

その隣には、
時間をつぶそうと小皿中華で乾杯するうち
老酒にまで突撃して
待ち合わせにすっかり遅れる『新雪園』、

地下には、
鬼太郎の家みたいな場所があった
なんだっけ?
思い出せないや、居酒屋があって、

その上、3階か4階あたりに
ケンゾーとかがギター弾いてたり、
いろんな友達がロックを歌ったりしていた
『下北屋根裏』があった。

そして、
左側を向けば、
ここは『本多劇場』の入り口。


2016年7月2日、午後7時--
本多劇場の階段を登っていって、
日本スタンダップコメディ協会旗揚げ公演、
『スタンダップ・コメディ・ライジング!!』
を観た。


日本スタンダップ・コメディ協会は、
清水宏がいきなり「会長」を名乗り、
相棒のぜんじろうといっしょに立ち上げた
新団体。

その第一回公演。

ゲストに
小堺一機とラサール石井を迎え、
スタンダップコメディ4連発で
大いなる冒険へと船出するぜ!!
という趣向。


幕開け。

会長である清水宏がまずは
前説で場をあたためる。

とうか、
無理くり、客に場をあたためさせる。

そして、ホントの開幕。


一番手は、
ぜんじろう。

つい数日前、
全米コメディ第4位になったのだが、
その成り行きを語りながら、
スタンダップコメディアンとしての実力を見せる。
観客の体験をくすぐるのがうまい。
ちょっとアメリカに行った気分。


二番手は、
ラサール石井。

もしかして、
キンチョーしてたのかもしれない。
おっさんなのに
なにか客をときめかせる初々しさがあって、
こっちもドキドキしながら腹を抱える。


三番手、
小堺一機。

プロフェッショナル。
NHKのカッコつけ当たり番組じゃないが、
ザ・プロフェッショナル!
とっても華やかなのに、驚くほど人懐こい。
スターが踊っているようでもあり、
友達が話しているようでもある。
愉快痛快、気分爽快に拍手を送る。


そして、トリが
“会長”の清水宏。

前の三人とはムードが違う。
普通、観客が求めるだろう
スタンダップコメディの軽妙さとは正反対、
どす黒く、重苦しい、
叫びたいのに叫べない!
いや、でも叫んじゃうかこの際!
つー感じ。

「宿命」と言ったら大げさだろうか。

自分の人生を呪い、
そして、自分の人生を愛し抜き、
自らの「宿命」を
生き切ってやるんだ!
と宣言している
“演劇野郎”かつ
“スタンダップコメディアン”の
激闘物語。

自分史を語っていくうち、
ここはスタンダップコメディの舞台なのか、
“劇団員”にとっての夢の舞台なのか、
わからなくなっていく。

いや、
本人も舞台の上でそう叫んでいたが、
最後にはすっかりもう
“演劇”になっていたと思う。

よく見とけよ、あんたたち!
いや、見とくだけじゃだめだ……
俺の冒険の道連れにするから
覚悟しとけよ、お前ら!
と、観客に向かって吠える清水宏。

それはもちろん
自分自身にも吠えている。

もがいて叫んで、
くじけそうになったりしてまた上を向いて、
で、今ここに立って、
第一歩を踏み出そうとしてるから、
まさに“スタンダップ”コメディ。

旗揚げにふさわしい内容だったと思う。

トークというより独白、
どっちかっていうと“毒白”に、
客は、笑い、
ラストでは涙をにじませていた。

前の三人の舞台を
ちょっと持って行っちゃった感じ。

AKBのことを
「ドロボウ!」と叫んでいたが、
この公演に関して言えば、
清水宏、
お前のほうこそ「ドロボウ」だよ!

と、
心の中で少し笑いながら、
夜の下北沢の街を歩いていた。


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