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『僕とおませちゃん』 [2010/08]

友人と、そしてその友人の息子といっしょに酒を飲んだ。
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父55歳、息子27歳。

今まで、友人の父親や母親と酒を飲んだことは
ま、何回かあった。
けれど、友人の子供と飲み屋に行くのは初体験。
俺もそういう年齢なんだなー、
少し感慨があった。

漫画『僕とおませちゃん』の単行本第1巻を読んだ。

ショートギャグの鬼才?
柘植文が描くガキンチョ“エロ”賛歌。

まだまだチンポコチンポコ言ってる
おバカな小学生・ヒロくんと、
成長期に突入してなんでも知りたがる
スルドイ女の子・ませちゃんのお勉強物語。

ふたりの疑問質問に、
お母さんたちやAV男優アルバイターの男など、
大人たちが答えていくのだが、
これが自分に正直で面白い。

セックスのことなど“大人の秘密”を、
どうやって子供に教えればいいのか?

それは俺にとっても日常的な課題なんだけど、
ま、俺の人生なりの答え方で対決していくしかないんですなこりゃ、
くっくっくっ、と笑いながら、そう思わせてくれた。

友人の息子と飲み屋で話しているとき、
その父親が隣りにいるせいなのかもしれないが、
なんとなくその息子が自分の子供のような感じになって、
ついつい親の口調で叱りながら飲んでいた。

ホレ、酒をこぼさないように気をつけて!
コラ、テーブルに足を乗っけるんじゃない!
オイオイ、そんなんじゃ女にモテないぞー!

完全に余計なお世話だが、
親とはそういうものなのだ、すべての息子たちよ。

そういう俺も、俺の親から見れば
やっぱりずっと一人の息子のままなんだけど。



『仮面ライダーW FOREVER AtoZ 運命のガイアメモリ』 [2010/08]

正義を愛する男になってほしい。
正義を信じる男になってほしい。
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親になって一番変わったことといえば、この考えを持つようになったこと。
うちの子供だけでなく、
全部の男の子たちに対して思うようになった。

自分でもかなり意外なんだけど。

仮面ライダー映画を観に行った。
『仮面ライダーW FOREVER AtoZ 運命のガイアメモリ』
長いタイトルだー。

二本立てで、前座的に上映されたのは
『天装戦隊ゴセイジャー エピック ON THE ムービー
こちらもタイトルが長ーい。

タイトルが長くて、ちょっと疲れたんで、
あんまりこまごまとした感想は書けないが、
とにかく面白かった。
特に『仮面ライダーW ほにゃらら』のほうが。

クライマックス、亜樹子たちが仮面ライダーWを
「がんばれー!!」
って応援するところでは、ちょっと泣きそうになった。

まるで子供みたいに。

もうひとつ、印象に残ったシーンがあった。

仮面ライダーWがいつも悪者に言う決めゼリフがある。

「さあ、お前の罪を数えろ!」

で、今回の悪者の仮面ライダーエターナルの人も
Wから指を指されてそう言われるんだけど、
それに対して、意外なリアクションがあった。

「今さらそんなもん、数え切れるか!」

これが心に染みた。
ずっこけながら、腑に落ちた。

正義、というのはむずかしい。
何が正義で、何が悪かってのは結構曖昧。
人によっては正義でも、別の人にとっては悪だったりするし。

だから、俺自身、大人になるに連れて
正義というものを嫌ったり、目をそむけたりしてきたことが多い。
悪というものを考えることも避けてきたと思う。
正義と悪、すごくむずかしいから。

前に、小説家の伊坂幸太郎さんにその辺のことを聞いたことがある。
憎々しいほどの悪を描くのがうまいので。

そしたら、
「悪は、自分の中にもいると感じるから、描かなきゃって思うんですよね」
みたいな返答をもらった。
なるほどー。

正義を愛する、信じるというのは
自分の中にいる悪と対面することなのだ、と思う。

だから、仮面ライダーエターナルの捨てゼリフ、
「そんなもん、数え切れるか!」
が、心にグッと来たのだ。
わかるよ、お前のその気持ち!って感じで。

自分が犯してきた星の数ほどの罪。
いや、くだらないことばっかりなんだけどさ、
それと向き合うことが子育てのある一面なんだもん。

ありがとう、仮面ライダーエターナル!



江戸東京たてもの園 [2010/08]

小金井公園に隣接している
『江戸東京たてもの園』に初めて行った。
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江戸時代の農家とか、大正時代の洋式住居とか、
写真スタジオの家とか、建築家の家とか、政治家の豪邸とか、
それに、明治から昭和にかけての下町の商店街とかが並んでいる
ちょっとしたテーマパーク。

いろんなデザインの家の中をめぐっていると、
やっぱ家っていいなーと思う。
現実的には買おうとか建てようとか思わないのだが、
ぐるぐるあっちゃこっちゃ見ていると、
なんとなく自分の家というのが欲しい気分になる。

そういう自分に気がつく、と同時に、
別のことにも気がつく。

ああ、俺たち人間って、めんどくさいものが好きなんだなーと。

さまざまなつくりの家を内側から眺めていると、
これは便利だなーという部分もあれば、
これはちょっと暮らすの大変かもなーという部分もある。

いろりとか。
吊る下がったシャンデリアとか。
でっかすぎる窓とか。

で、たいていの場合、そういう大変そうな部分こそが
面白くて楽しくて美しい。
住んでみたくなる。

毎日毎日、起きてメシ食って働いて遊んで寝ていると、
自然、疲れてきて、便利さや快適さや合理性をいつのまにか求める…
のだが、その一方で、
全然便利じゃないもの、
個性的なもの、扱いづらいもの、めんどうくさいものを
実はとっても欲している。

いや欲する相手は、モノだけじゃない。
人間もだ。

他人の夫婦とかカップルを見ていると、
よくもあんなメンドーくさい相手といっしょにいられるなあと
あきれたり、不思議に思ったりする。

自分のことは棚に上げて。


帰りに出口横の土産屋&カフェに寄ったら、
友達が働いていた。

「お店に置いてあったの。よくわかんないけど」
と笑いながら、死んだオニヤンマを一つ、子供たちにくれた。

『たてもの園』を出た直後、
そのオニヤンマの死骸を、長男が草むらに置いていた。

家に持って帰らなくていいんか?

「いいのいいの」

ガキのくせにかなりコレクターな長男が今日は珍しいな、
と思ってたら、
すうっと一匹、赤トンボが俺たちの間をすり抜けて飛んでいった。
飛んでいったほうに、
赤トンボが群れになっている。

「あのトンボ、さっきの死んだトンボだね」

前を走っていた次男が振り返って言う。

いや、違うよ。
と言おうと思ったが、めんどうくさいので、
そうかもなーと言っておいた。

振り返ると、長男がそのやりとりを聞いていて、
なんとなく笑っていた。




オグリキャップ [2010/08]

先月、7月3日にオグリキャップが死んだ。
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牧場で放牧中に骨折したとのこと。

それ以来、
「強いってことってなんなんだ、
 強さってのはなんじゃらほい」
と、ボーっと考えていた。

俺にとって、
今まで見た最も“強い存在”が、オグリキャップだから。
競馬の世界だけでなく、すべてをひっくるめて。

例えば、同じ馬で考えても、
ディープインパクトはすごく速くて全然負けないけど、
オグリキャップほど強くない。
ナリタブライアンは圧倒的な走力を持っていたけど、
強いときと強くないときに差がある。

んー、強さってナニ?

で、グリーンチャンネルの特番、
『オグリキャップ 激闘の記憶』というのを見てて、
なんとなくわかった。

“強さ”というのは
人の心を動かす力なのだ。

人間は生き抜くために“強さ”を求める。
異性の気をひこうとして戦ったり、
美しさという強さを磨いたりする。

時には強さを誇示して、
他国の人間に言うことを聞かせるために、
爆弾を落としたりするという愚行にも出る。

それほど、“強さ”というのは、
人間にとって、いや、動物や植物たちにとっても魅力的なのだ。

驚かせる!
泣かせる!
笑わせる!

とりあえず、身近な人間に対してだけでもいいから
“強い”人間になりたいなと思う。
心を動かすことのできる毎日を送りたいと思う。

さらば、オグリキャップ。



『南極料理人』 [2010/08]

細面の太川陽介、
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じゃなくって、堺雅人が主演の
映画『南極料理人』をDVDで観た。

南極越冬隊に出かけた8人の物語。
海上保安庁から派遣された料理担当者が主人公。

おにぎり、伊勢エビのエビフライ、肉!など、
原初的に食欲をそそる食事が作られていって、
とても美味しそうで、とても面白かった。

いいなあ、
俺も一年くらい南極のドームふじ基地で暮らしてみたいなあ…
などと思いながら観ていたが、
観終わってみると、
今の俺の現状とあんまり変わらない気がしてきた。

朝、朝飯と昼の弁当を作る。
昼飯を作ったり食べたりしたら、冷蔵庫の中身を確認して、
食材の買い物に出かける。
夕飯を作ったら、その食べ具合などを確認して、
子供を寝かしつけながら明日の朝飯と弁当のメニューを考える。
子供が寝たら米を研いだり、
翌日の下ごしらえをしたりしてから寝る。

基本的に、毎日この繰り返し。
堺雅人の南極料理人とあんまり変わらない。

ただ、こちらは外に出かけられるし、
時々外食とかできる自由がある。
そのかわり、向こうは1年間、
こちらは子供が自立するまでなのでちょっと先が長い。

映画の途中、クライマックスのひとつで、
堺雅人がむくれて部屋に閉じこもったために、
7人の男達が食事を作ろうとするシーンがある。

できあがった料理は鶏のから揚げなのだが、
これが泣かせた。

最近、子供たちが朝飯を手伝ってくれる、
というより手伝わせてやっているのだが、
もしも俺がメシ作りを拒否したとしたら、
ヤツらは自分達で食事を作ろうとするのだろうか?

作るとしたらどんな料理を作るのだろうか?


夏休みだから、ちょっと試しに寝込んでみるかな。


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